父還る 最終 2010年04月02日 先日亡くなった父の話を描いています。父還る(その1)→■父還る(その2)→■父還る(その3)→■父還る(その4)→■父還る(その5)→■おまけ/葬儀での息子→■携帯の方もクリックお願いします→人気ブログランキング__________________クリックおねがいします。____________________________________こちらもよろしければ…__________________ 「双子ババア」カテゴリの最新記事 < 前の記事次の記事 > コメント コメント一覧 (62) 1. aki 2010年04月02日 11:14 泣けちゃった・・・ 私も父とたくさん戦いました。 お父様のご冥福をお祈りいたします。 2. トミカ 2010年04月02日 11:15 父親っ子のひとりとして 涙がとまらないデス。 むっさヤバいデス。 おとうさまが 安らかに眠られんことを 祈念いたします。 3. きんとと 2010年04月02日 11:23 ううう、涙で今日は終わった… 一連のはなさんの記事を読み、 私も今のうちかなと、昨日 父と孫たちと出かけてきました。 ありがとう… 4. みけ 2010年04月02日 11:28 涙で文字が滲んでなんだかよく見えません。 うぅぅ。 遠いから、、とあまり実家に帰らない親不孝な私。 もっともっと、孫連れて遊びにいってきます。 5. あぬ 2010年04月02日 11:29 海外に暮らしていて 一番不安なのは両親の健康です。 何かあっても、帰るまでに 時間がかかる。 めったに合えないのだから、合えてる時間を大切にしようと思うのに、ついつい憎まれ口ばかり。 反省します。 6. 千砂 2010年04月02日 11:31 泣けた。 7. fandora 2010年04月02日 11:32 良い親子だったんですね。 バトルも、仲が良いからこそ出来る。 思ったことが言えるのも、仲が良いからこそなのですね。 改めて、ご冥福をお祈りします。 8. ゆずぽん 2010年04月02日 11:45 目から水分が・・・・ 9. ボボツル 2010年04月02日 11:46 わたしが父を看取ったのは23才でした。 若かったのとバカだったことで ロクな看病もできなかったことが 今でも悔やまれます。 わたしも父親っこでした。 10. ヒース@nao 2010年04月02日 12:08 いろいろなものを残して行ってくれますね。 そして、絶対時期を選んでくれていると思う。 お父様、幸せです。 11. しおん 2010年04月02日 12:09 私の説得に耳を貸さず実の父親と一つ屋根の下に住みながら 絶縁状態のウチの旦那に、このブログを読ませたい。 12. Jose 2010年04月02日 12:23 職場で泣きました お父さん,きっと空の上で微笑んでるんじゃないかなぁ はなさんや家族のたくさんの愛情に包まれて幸せだったでしょうね 改めてお父様のご冥福を心よりお祈りいたします 13. さかな 2010年04月02日 12:36 うちのじい様も晩年は痴呆症というものになり、色々笑わしてもらいましたけど、自分の娘(私の母)だけは絶対に忘れませんでした。 男親にとって娘って特別なんですかねぇ~私も娘も息子も大好きですけど。 14. tokoro 2010年04月02日 12:41 お父さん、みんなに愛されていたんだね~ いつもでも天国から見守ってくれそうですね。 15. ユキ豆-マンガ日記ブログ- 2010年04月02日 13:05 言葉が見つかりません。(ノДT) お父さまのご冥福をお祈りします。 16. 結城 2010年04月02日 13:05 お父さん、はなさんのこと大好きだったんですね 17. zeg.kt 2010年04月02日 13:27 職場で号泣・・・。 お父さんきっと待ってたんだね。 最後までかっこいいお父さんだと思います。 18. 羽夢 2010年04月02日 13:29 ずっとみんなを見守ってくれているような気がするお父さんですね。 頑固親父って大好きだ。 19. かに 2010年04月02日 13:30 だめ…泣ける(:_;)父に電話しなくっちゃ。 出来るときに一緒の時間を持っておかなくちゃいけませんね。 20. ゆうずぃ 2010年04月02日 13:48 初コメ失礼します。 涙がとまりません。。。 自分の父親を思い浮かんだのと同時に、自分の息子たちが思い浮かびました。 今夜は実家に電話してみようと思いました。 お父様のご冥福をお祈りします。 21. 六花 2010年04月02日 13:52 お父様も、はなさんも。 私は5歳で父を亡くした上、当時お母さんっこだったため、父の記憶がほとんどありません。 なのでどうも、「悲しさも中くらいなり」なんです。。。薄情なのかな? 真っ正面からぶつかり葛藤し、関係を修復し(理解し、かな?)、最後に静かな時間を過ごして親孝行もしたはなさんを、尊敬もし少しうらやましくも思います。(ご本人は大変だったでしょうが) 一連のお話を読んで、うちの父にも孫の顔見せてあげたかったな…、と思うんですが、父が生きていたらオットとも出会わずこの子も生まれてなかったかも…。 そう思えば、早くに逝った父も、大きな環の中にいるのかな?と思います。 お父様のご冥福をお祈りいたします。 それと、リフォローありがとうございました(rokka0409です)。 22. しろねぎ 2010年04月02日 14:25 これから面接なのにっヽ(゚◇゚ )ノ やられました。 どんなにいがみ合ってても親は親なんですよね。 ではではメイク直してイッテキマス♪ 23. ミニカ 2010年04月02日 14:49 私も父に会いたくなりました・・・ 遠くへ嫁いだ私 はなさんみたいに 親孝行できないかも; すごく 色々な事を考えさせてくれた記事でした ありがとう はなさん>< 24. まっこ 2010年04月02日 15:01 きっとたくさんの思い出を持って、お父様は還られたのですね。 しっかり愛娘の記念日まで見守られて。 私もそんな幸せな人生を送りたいし、そのためにしっかり今のうちに父と接しよう、 子供を可愛がろう、 たくさんできることをしようと、思うことができました。 ありがとうございます。 はなさんのブログに出会えてよかった。 25. ぴん出目 2010年04月02日 15:14 チビ達がたまたまいないもんだから、 目から水分が止まりません…。 きっと、きっと、はなさんのお誕生日を祝ってからと 思っていたに違いありません。 男親にとって、娘は永遠のアイドルらしいですから。 ご冥福をお祈りいたします。 26. るーねぇ 2010年04月02日 15:38 私は今から30年前、思春期まっただ中の頃に大好きだった父を亡くしました はなさんの「父還る」を拝見させていただきながら つのる慕情に胸を熱くし、また、母にはこれからもっともっと親孝行したいなと改めて思いました 愛する娘に描かれて、その生き様をこんなに素晴らしい形で遺すことができたお父さま。。。 きっと微笑んでいらっしゃいますね 改めて、心からお父さまのご冥福と はなさんご一家の幸せをお祈りいたします 27. いくりん 2010年04月02日 16:59 目からよだれがダダ漏れです・・・ ご家族みんながお父様を想ってらしたのが素晴らしいです。 穏やかに逝かれたなら、それはたとえ人生の終焉であっても幸せなこと。それを実現させたのははなさんであり、お母様の献身的な介護だったと思いますよ。 ご冥福をお祈りいたします。 28. ゆたか@4コマ描き 2010年04月02日 17:57 お別れは辛いですが最期、ゆったりと見送れたのは 本当に良かったですね。 お母様の看病も含めて、家族みんなにとって 幸せなお見送りだったんだなと思います。 私もいつか子供や孫にこんな風に見送られたいです 29. ごま 2010年04月02日 18:18 読者登録も、ペタもしてませんが・・ いつも楽しみに読んでます。 今日の記事は涙が出たので・・ 思わずコメントしました。 お父様のご冥福をお祈りします。 30. ☆うさぎ☆ 2010年04月02日 18:25 泣いちゃうよ~(ノд〈。) はなさんのこと絶対お父さん大好きだと思ったよ。 女の子にとってお父さんって世界で一番自分を可愛がってくれる人なんだよね。きっとお父さんにとっても可愛いくて仕方ないんだろうね。だから男性は結婚するってことはお父さん以上の愛情を持って、これからはこの女の子をお父さん以上に大切にしますって覚悟を持たなきゃいけないんだよって言いたい!最近そう思う。 私を可愛がってくれた近所のおばあちゃんが先日亡くなりました。お庭のおっきな桜の木を大切にしていたおばあちゃんでした。 みんなは桜見れなかったね…って言ってたけど、私は自分が大切にした桜が咲く頃にみんなに見て欲しかったような気がします。 だから私は感謝の気持ちを込めて満開の桜を見に行くつもりです。 31. carna 2010年04月02日 18:51 きっとそうですね 待っていてくれたんですね 32. chutan 2010年04月02日 19:21 初めてコメントします。 今日は号泣してしまいました。 私も父を亡くしています。亡くなる数ヶ月は介護の日々でした。 私は離れて暮らしていたので、仕事が終わった金曜の晩に新幹線に乗り、 月曜の朝に新幹線で職場に戻るという生活でした。 大変だったけど、その生活が終わった時、本当に悲しかった。 父とは一番戦った娘でしたが、決して嫌いではありませんでした。 お父様のご冥福をお祈りします。 33. ブッヒー 2010年04月02日 19:22 今まで、そっと覗いていただけの私ですが。 涙が止まらずコメントさせて頂きます。 私は、自分の命を大切に出来ずに居る母です。 自分の親にもうまく愛を伝えられない駄目な娘です。 命の重さを失った私が流したこの涙。 もう一度、かみしめてみたいと思います。 お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。 34. はな 2010年04月02日 19:42 しんどいときは仕方がないですよ。 あなたのせいではないですよ。 35. めえ 2010年04月02日 20:03 けんかしても、お父様のこと、 ずっと愛していらしたのですね。 きっと、前世から続くご縁なんですね。 そしてきっと来世でも。 今も、目に見えないだけで、 つながっているんですよ、 いつまでもりっこちゃんの愛、 お父様に届きますよ。 36. ひろりん 2010年04月02日 20:33 大作です。読んで泣きそうになりました。 37. リョク 2010年04月02日 20:44 親は、やっぱり親なんですよね。 自分の父に重ねて読まずには、いられませんでした。 思い出が有るって。幸せな事ですね。 38. ユキマル 2010年04月02日 21:03 やっとネット環境が整ったので早速お邪魔しました。お久しぶりです! お父様亡くなられたんですね。ご冥福をお祈りします。 ウチの爺も78歳ガタが出始め・・・見た目ピンピンしてますけど。お父様の4コマ読んでたら色々考えさせられました。 そして息子は下馬評どおりの問題児になってます。 これからちょこちょこお邪魔させてもらいます★ 39. メビウス 2010年04月02日 21:25 実の父とは色々ありまして、疎遠になってるというか、年に二度、ちょっとだけ孫の顔を見せに行く程度になっています。 戦ってもいない、ただ、ちょっと複雑なだけ。でも、私も父親っ子だったなぁと、涙がでました。 お父様は、本当に幸せな方だったんですね。 お母様も、双子悪のイメージとは程遠く、はなさんの激しくも幸せな幼少期が想像できました。 お父様も、空の上からいつまでも見守ってくれてると思います。 40. ともみん 2010年04月02日 21:41 去年から闘病生活を支えられていたんですね 少しネジが緩んで... っておっしゃってましたが はなさんの誕生日、ちゃんと一番に覚えていてくれてたなんて。゚(T^T)゚。 涙腺崩壊です...。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 大好きなお父様 ちゃんと空から見守ってくださってますよ 心よりご冥福お祈りいたします 41. みさと 2010年04月02日 21:43 不器用なお父さんらしいですね。 私の父は、普段「うちに娘はいない!」って人様に言ってたくせに、最期の瞬間、弟たちは間に合わず、私が死に水を取りました。 お互い意地っ張りな親子だったなあ・・・(笑) 42. ミュウ 2010年04月02日 21:50 ジ~~ンときてしまいました。 はなさん達の愛情を感じました。 思い出が多いほどツラい時期もあると思いますが、それだけ幸せな時間があったってことだと思います。 多くの方が感じた事だと思いますが、私も、今のうちにできる事を親にしてあげたいと思いました。 お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。 43. takezo 2010年04月02日 22:28 お父様はきっと、はなさんの誕生日を待って、孫の受験を待って、献身的に介護してくれた妻へ桜をみせようと待っていたのではないでしょうか・・・。 今日は読んでいて泣いてしまいました。 44. *ももママ* 2010年04月02日 22:39 私も昨年の3月に大好きだった父を病気で亡くしました。 最後に私が父に言った『ありがとう…』の言葉は届いたかなぁ…。 とても愛らしい息子ちゃんと愛娘はなさんの存在はお父様の支えになったでしょうね。 お父様のご冥福を心よりお祈りします。 45. お気楽主婦DX 2010年04月02日 23:14 コメントがついてない時に読んだんですが、いろいろ考えているうちに、こんな時間になっちゃいました。 私は、物心ついた頃から、父を好きだと思った事は一度もないので、はなさんを羨ましく思います。 だからって、あの父を好きになりたい訳ではけしてないのですが…。 時期的に、はなさんの出生秘話をリクエストして良かったな~と思いました。 46. しろっぷ 2010年04月02日 23:16 色々あって父を放置してます。 泣けました。 今の父との関係だけじゃなく、 小さい頃のこと、思い出しました。 47. でめも 2010年04月02日 23:18 大事な大事な娘だから きっと楽しみになさってたんでしょうね はなさんの誕生日 改めて お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます はなさんも 息子ちゃんも お父様の宝物ですね。。 48. サチ 2010年04月02日 23:22 父親って、やっぱり娘が一番なんですね。 義父(旦那の父)も、義姉に憎まれ口をたたかれながらも、すごく嬉しそうなのが伝わってくるんです。 私も、若い頃はわからなかったけど、 不器用でしょうがない父が、彼なりに愛してくれていることをやっと理解できるようになりました。 はなさんも、たくさんたくさん、愛されてたんですね。大好きだったんですね。 それが痛いほど伝わってきて、ほんと泣けて泣けて仕方なかったです。 こんな風に作品を残されたことを、 お父様も、きっと喜ばれていると思います。 ご冥福を心からお祈り申し上げます。 49. Pi 2010年04月02日 23:54 はなさんが思っていること、きっとお父さんも全部思ってたんやろうね 親子やもん、おじいちゃんやもん、旦那さんやもん 一家の主やもん 50. みぃ 2010年04月03日 00:24 初めてコメントします。 読んでいて涙があふれました。 実は、私の父も2月に亡くなりました。 私の誕生日の翌日でした。 きっと待っててくれたんだと思います。 「この日(誕生日)だけは…」という娘の願いを知って、頑張ってくれてたんだなあ~と思うと、また涙が出てきます。 はなさんもお辛いでしょうが、お父さまとの思い出話、また聞かせてください。 ご冥福、お祈りしています。 51. mar-goママ 2010年04月03日 01:18 思わず泣いてました。 とても素敵な思い出をはなしていただいてありがとうございます。 52. うなぎ犬は出禁中 2010年04月03日 08:14 このシリーズは頭の中で「悲しみの果て」by宗次郎が、ず~っとかかってました。特に2話目。 昨年ウチの婆さんが90歳を少し越えて往生してなくりました。僕、嫌いだったんですよ。婆さん。 若い頃(僕は子供の時からしか知らないから60から?)から歯に衣着せぬ物言いで、それでいてお嬢育ちだとかでワガママで。いつも誰かが泣いていた、いつも自分の生んだ息子達と口げんかをしていた。そんな様に小さな脳みそが受け取って、年を追うごとに印象が巨大化してどんどん嫌いになっていきました。 10代半ばから20の後半まで盆・正月の帰省はしませんでしたからね。 会いたくなかったし。 そんな婆さんも90を過ぎた時に脳梗塞になり、寝たきりの半身不随。亡くなる1年半、大柄だった体が萎むように小さくなり、まぁよく喋った口が、ただ開いているだけの物と化した時は、さすがに何とも言えませんでした。 亡くなった時、病院に行くと、そこにあった婆さんの身体は、まるで蝶が抜け出た後のさなぎ。 抜け出た物はどこか大空に飛んでいったんだろうなぁと。 僕は1年半という時間をもらい、関係を戻し、ただ祖母と孫という立場に帰れました。 葬式が終わって実家に戻るとき、僕は婆さんの遺影を抱いて帰ってきました。全ての恩讐が抜けて晴れやかな気持ちで。 はなさんの話しに触発されて自分のことを書いてしまいましたが(だいたい来ないと書いていたのに)、お父様の安らかなご冥福をお祈り申し上げます。 53. 麦 2010年04月03日 09:51 前が・・・"(ノ_・、)" 54. 初心者かぁちゃん 2010年04月03日 11:30 涙が出ました。 いっぱい闘った分、 とっても濃いきずなの親子関係なんですね。 うらやましいです。 謹んで、はなさんのお父様のご冥福をお祈り申し上げます。 55. もも☆きち 2010年04月03日 19:06 6コマ目の絵が素敵すぎて、何度も記事をよんじゃってます(>_<) 56. 柚香 2010年04月03日 20:33 泣けました。 私も父とは折り合いがさほどよくなく、社会人になって家を出てから、父の気持ちを酌めるようになりました。 父が亡くなったときに後悔したくないなぁと、今どうやって思いを伝えようかなと思っているところです。 はなさん、お父様と穏やかな時間がもててよかったですね。 お父様のご冥福をお祈り申し上げます。 57. さなほ 2010年04月03日 20:47 初めてコメント失礼します きっとお父様も待っていてくれたのではないでしょうか? 私はもうすでに両親を亡くしていますが、父は意識のないまま逝きましたが、最後私たちの到着を待つように息をひきとりました。 まだまだ落ち着くまで大変でしょうがきっとお父様は空の上から見守ってくれていると思います。 お力落としのないように、お父様のご冥福をお祈りします。 58. おけい 2010年04月04日 02:37 昨日はどうにも上手く言葉が浮かんでこなかったのですが・・・・お父様もお母様も(変な言い方ですが)心ゆくまで介護し、介護されたのではないでしょうか。 母方の祖父母は別々の施設に入り、年に一回しか会えない状態でした。痴呆が出始めた祖母は、先に祖父が逝ってしまったのも判ったのかどうか・・・・・ 介護はとても大変だと聞きます。でもそれ以上のことがあるから、お母様も介護を続けられたのでしょうね。長年連れ添って、最後別々なんて寂しすぎますものね。 はなさんのお父様への想いと思い出を垣間見せていただいて、ありがとうございました。 59. 似顔絵描きのいとぅ~ 2010年04月04日 05:03 初めてコメントさせていただきます。 両親は健在ですが、高齢なので、自分と置き換えながら読ませていただきました。 気持ちが入ってきて、胸がぎゅーっとなりました。私もいつかは体験するのかなと… 60. nikoniko 2010年04月04日 15:14 泣いてしまいました;; 10年前の3月、兄が亡くなり その次の週、桜が咲きました。 ぼんやりと桜を見ていたことを 思い出しました。 桜色に見えなくて モノクロのようでした。 お父様は 誕生日を待って いかれたんだとおもいます。 おめでとうって 言っていたんだと思います。 61. sunma 2010年04月05日 10:13 涙が~。 それからみんなのコメント読んで いろんな人の心に響いてる「ちくわ」感じました。 ・・ありがとう。 62. 黒百合 2010年04月05日 20:46 昨年亡くなった父の事を思い出して泣いてしまいました。 悲しい出来事で気が沈んだり、親孝行出来てたのかな?なんて考えて色々後悔したりしてしまいがちですが 大好きな人達がお見舞いに来てくれたりして お父様も幸せな春の思い出と共に旅立たれたのではないでしょうか。 心より御冥福をお祈りいたします。 はなさんも気を落とされぬよう。 コメントフォーム 名前 コメント 記事の評価 リセット リセット 顔 星 情報を記憶 コメントを投稿する トラックバック
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コメント一覧 (62)
私も父とたくさん戦いました。
お父様のご冥福をお祈りいたします。
涙がとまらないデス。
むっさヤバいデス。
おとうさまが
安らかに眠られんことを
祈念いたします。
一連のはなさんの記事を読み、
私も今のうちかなと、昨日
父と孫たちと出かけてきました。
ありがとう…
うぅぅ。
遠いから、、とあまり実家に帰らない親不孝な私。
もっともっと、孫連れて遊びにいってきます。
一番不安なのは両親の健康です。
何かあっても、帰るまでに
時間がかかる。
めったに合えないのだから、合えてる時間を大切にしようと思うのに、ついつい憎まれ口ばかり。
反省します。
バトルも、仲が良いからこそ出来る。
思ったことが言えるのも、仲が良いからこそなのですね。
改めて、ご冥福をお祈りします。
若かったのとバカだったことで
ロクな看病もできなかったことが
今でも悔やまれます。
わたしも父親っこでした。
そして、絶対時期を選んでくれていると思う。
お父様、幸せです。
絶縁状態のウチの旦那に、このブログを読ませたい。
お父さん,きっと空の上で微笑んでるんじゃないかなぁ
はなさんや家族のたくさんの愛情に包まれて幸せだったでしょうね
改めてお父様のご冥福を心よりお祈りいたします
男親にとって娘って特別なんですかねぇ~私も娘も息子も大好きですけど。
いつもでも天国から見守ってくれそうですね。
お父さまのご冥福をお祈りします。
お父さんきっと待ってたんだね。
最後までかっこいいお父さんだと思います。
頑固親父って大好きだ。
出来るときに一緒の時間を持っておかなくちゃいけませんね。
涙がとまりません。。。
自分の父親を思い浮かんだのと同時に、自分の息子たちが思い浮かびました。
今夜は実家に電話してみようと思いました。
お父様のご冥福をお祈りします。
私は5歳で父を亡くした上、当時お母さんっこだったため、父の記憶がほとんどありません。
なのでどうも、「悲しさも中くらいなり」なんです。。。薄情なのかな?
真っ正面からぶつかり葛藤し、関係を修復し(理解し、かな?)、最後に静かな時間を過ごして親孝行もしたはなさんを、尊敬もし少しうらやましくも思います。(ご本人は大変だったでしょうが)
一連のお話を読んで、うちの父にも孫の顔見せてあげたかったな…、と思うんですが、父が生きていたらオットとも出会わずこの子も生まれてなかったかも…。
そう思えば、早くに逝った父も、大きな環の中にいるのかな?と思います。
お父様のご冥福をお祈りいたします。
それと、リフォローありがとうございました(rokka0409です)。
やられました。
どんなにいがみ合ってても親は親なんですよね。
ではではメイク直してイッテキマス♪
遠くへ嫁いだ私
はなさんみたいに 親孝行できないかも;
すごく 色々な事を考えさせてくれた記事でした
ありがとう はなさん><
しっかり愛娘の記念日まで見守られて。
私もそんな幸せな人生を送りたいし、そのためにしっかり今のうちに父と接しよう、
子供を可愛がろう、
たくさんできることをしようと、思うことができました。
ありがとうございます。
はなさんのブログに出会えてよかった。
目から水分が止まりません…。
きっと、きっと、はなさんのお誕生日を祝ってからと
思っていたに違いありません。
男親にとって、娘は永遠のアイドルらしいですから。
ご冥福をお祈りいたします。
はなさんの「父還る」を拝見させていただきながら
つのる慕情に胸を熱くし、また、母にはこれからもっともっと親孝行したいなと改めて思いました
愛する娘に描かれて、その生き様をこんなに素晴らしい形で遺すことができたお父さま。。。
きっと微笑んでいらっしゃいますね
改めて、心からお父さまのご冥福と
はなさんご一家の幸せをお祈りいたします
ご家族みんながお父様を想ってらしたのが素晴らしいです。
穏やかに逝かれたなら、それはたとえ人生の終焉であっても幸せなこと。それを実現させたのははなさんであり、お母様の献身的な介護だったと思いますよ。
ご冥福をお祈りいたします。
本当に良かったですね。
お母様の看病も含めて、家族みんなにとって
幸せなお見送りだったんだなと思います。
私もいつか子供や孫にこんな風に見送られたいです
いつも楽しみに読んでます。
今日の記事は涙が出たので・・
思わずコメントしました。
お父様のご冥福をお祈りします。
はなさんのこと絶対お父さん大好きだと思ったよ。
女の子にとってお父さんって世界で一番自分を可愛がってくれる人なんだよね。きっとお父さんにとっても可愛いくて仕方ないんだろうね。だから男性は結婚するってことはお父さん以上の愛情を持って、これからはこの女の子をお父さん以上に大切にしますって覚悟を持たなきゃいけないんだよって言いたい!最近そう思う。
私を可愛がってくれた近所のおばあちゃんが先日亡くなりました。お庭のおっきな桜の木を大切にしていたおばあちゃんでした。
みんなは桜見れなかったね…って言ってたけど、私は自分が大切にした桜が咲く頃にみんなに見て欲しかったような気がします。
だから私は感謝の気持ちを込めて満開の桜を見に行くつもりです。
待っていてくれたんですね
今日は号泣してしまいました。
私も父を亡くしています。亡くなる数ヶ月は介護の日々でした。
私は離れて暮らしていたので、仕事が終わった金曜の晩に新幹線に乗り、
月曜の朝に新幹線で職場に戻るという生活でした。
大変だったけど、その生活が終わった時、本当に悲しかった。
父とは一番戦った娘でしたが、決して嫌いではありませんでした。
お父様のご冥福をお祈りします。
涙が止まらずコメントさせて頂きます。
私は、自分の命を大切に出来ずに居る母です。
自分の親にもうまく愛を伝えられない駄目な娘です。
命の重さを失った私が流したこの涙。
もう一度、かみしめてみたいと思います。
お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。
あなたのせいではないですよ。
ずっと愛していらしたのですね。
きっと、前世から続くご縁なんですね。
そしてきっと来世でも。
今も、目に見えないだけで、
つながっているんですよ、
いつまでもりっこちゃんの愛、
お父様に届きますよ。
自分の父に重ねて読まずには、いられませんでした。
思い出が有るって。幸せな事ですね。
お父様亡くなられたんですね。ご冥福をお祈りします。
ウチの爺も78歳ガタが出始め・・・見た目ピンピンしてますけど。お父様の4コマ読んでたら色々考えさせられました。
そして息子は下馬評どおりの問題児になってます。
これからちょこちょこお邪魔させてもらいます★
戦ってもいない、ただ、ちょっと複雑なだけ。でも、私も父親っ子だったなぁと、涙がでました。
お父様は、本当に幸せな方だったんですね。
お母様も、双子悪のイメージとは程遠く、はなさんの激しくも幸せな幼少期が想像できました。
お父様も、空の上からいつまでも見守ってくれてると思います。
少しネジが緩んで...
っておっしゃってましたが
はなさんの誕生日、ちゃんと一番に覚えていてくれてたなんて。゚(T^T)゚。
涙腺崩壊です...。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
大好きなお父様
ちゃんと空から見守ってくださってますよ
心よりご冥福お祈りいたします
私の父は、普段「うちに娘はいない!」って人様に言ってたくせに、最期の瞬間、弟たちは間に合わず、私が死に水を取りました。
お互い意地っ張りな親子だったなあ・・・(笑)
はなさん達の愛情を感じました。
思い出が多いほどツラい時期もあると思いますが、それだけ幸せな時間があったってことだと思います。
多くの方が感じた事だと思いますが、私も、今のうちにできる事を親にしてあげたいと思いました。
お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。
今日は読んでいて泣いてしまいました。
最後に私が父に言った『ありがとう…』の言葉は届いたかなぁ…。
とても愛らしい息子ちゃんと愛娘はなさんの存在はお父様の支えになったでしょうね。
お父様のご冥福を心よりお祈りします。
私は、物心ついた頃から、父を好きだと思った事は一度もないので、はなさんを羨ましく思います。
だからって、あの父を好きになりたい訳ではけしてないのですが…。
時期的に、はなさんの出生秘話をリクエストして良かったな~と思いました。
泣けました。
今の父との関係だけじゃなく、
小さい頃のこと、思い出しました。
きっと楽しみになさってたんでしょうね
はなさんの誕生日
改めて
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます
はなさんも
息子ちゃんも
お父様の宝物ですね。。
義父(旦那の父)も、義姉に憎まれ口をたたかれながらも、すごく嬉しそうなのが伝わってくるんです。
私も、若い頃はわからなかったけど、
不器用でしょうがない父が、彼なりに愛してくれていることをやっと理解できるようになりました。
はなさんも、たくさんたくさん、愛されてたんですね。大好きだったんですね。
それが痛いほど伝わってきて、ほんと泣けて泣けて仕方なかったです。
こんな風に作品を残されたことを、
お父様も、きっと喜ばれていると思います。
ご冥福を心からお祈り申し上げます。
はなさんが思っていること、きっとお父さんも全部思ってたんやろうね
親子やもん、おじいちゃんやもん、旦那さんやもん
一家の主やもん
読んでいて涙があふれました。
実は、私の父も2月に亡くなりました。
私の誕生日の翌日でした。
きっと待っててくれたんだと思います。
「この日(誕生日)だけは…」という娘の願いを知って、頑張ってくれてたんだなあ~と思うと、また涙が出てきます。
はなさんもお辛いでしょうが、お父さまとの思い出話、また聞かせてください。
ご冥福、お祈りしています。
とても素敵な思い出をはなしていただいてありがとうございます。
昨年ウチの婆さんが90歳を少し越えて往生してなくりました。僕、嫌いだったんですよ。婆さん。
若い頃(僕は子供の時からしか知らないから60から?)から歯に衣着せぬ物言いで、それでいてお嬢育ちだとかでワガママで。いつも誰かが泣いていた、いつも自分の生んだ息子達と口げんかをしていた。そんな様に小さな脳みそが受け取って、年を追うごとに印象が巨大化してどんどん嫌いになっていきました。
10代半ばから20の後半まで盆・正月の帰省はしませんでしたからね。
会いたくなかったし。
そんな婆さんも90を過ぎた時に脳梗塞になり、寝たきりの半身不随。亡くなる1年半、大柄だった体が萎むように小さくなり、まぁよく喋った口が、ただ開いているだけの物と化した時は、さすがに何とも言えませんでした。
亡くなった時、病院に行くと、そこにあった婆さんの身体は、まるで蝶が抜け出た後のさなぎ。
抜け出た物はどこか大空に飛んでいったんだろうなぁと。
僕は1年半という時間をもらい、関係を戻し、ただ祖母と孫という立場に帰れました。
葬式が終わって実家に戻るとき、僕は婆さんの遺影を抱いて帰ってきました。全ての恩讐が抜けて晴れやかな気持ちで。
はなさんの話しに触発されて自分のことを書いてしまいましたが(だいたい来ないと書いていたのに)、お父様の安らかなご冥福をお祈り申し上げます。
いっぱい闘った分、
とっても濃いきずなの親子関係なんですね。
うらやましいです。
謹んで、はなさんのお父様のご冥福をお祈り申し上げます。
私も父とは折り合いがさほどよくなく、社会人になって家を出てから、父の気持ちを酌めるようになりました。
父が亡くなったときに後悔したくないなぁと、今どうやって思いを伝えようかなと思っているところです。
はなさん、お父様と穏やかな時間がもててよかったですね。
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
きっとお父様も待っていてくれたのではないでしょうか?
私はもうすでに両親を亡くしていますが、父は意識のないまま逝きましたが、最後私たちの到着を待つように息をひきとりました。
まだまだ落ち着くまで大変でしょうがきっとお父様は空の上から見守ってくれていると思います。
お力落としのないように、お父様のご冥福をお祈りします。
母方の祖父母は別々の施設に入り、年に一回しか会えない状態でした。痴呆が出始めた祖母は、先に祖父が逝ってしまったのも判ったのかどうか・・・・・
介護はとても大変だと聞きます。でもそれ以上のことがあるから、お母様も介護を続けられたのでしょうね。長年連れ添って、最後別々なんて寂しすぎますものね。
はなさんのお父様への想いと思い出を垣間見せていただいて、ありがとうございました。
両親は健在ですが、高齢なので、自分と置き換えながら読ませていただきました。
気持ちが入ってきて、胸がぎゅーっとなりました。私もいつかは体験するのかなと…
10年前の3月、兄が亡くなり
その次の週、桜が咲きました。
ぼんやりと桜を見ていたことを
思い出しました。
桜色に見えなくて
モノクロのようでした。
お父様は
誕生日を待って
いかれたんだとおもいます。
おめでとうって 言っていたんだと思います。
それからみんなのコメント読んで
いろんな人の心に響いてる「ちくわ」感じました。
・・ありがとう。
悲しい出来事で気が沈んだり、親孝行出来てたのかな?なんて考えて色々後悔したりしてしまいがちですが 大好きな人達がお見舞いに来てくれたりして お父様も幸せな春の思い出と共に旅立たれたのではないでしょうか。
心より御冥福をお祈りいたします。
はなさんも気を落とされぬよう。